2025-04-08

記事「個性は普段着から*イダ・ヘンデル、ベルグルンド、ボーンマス響 シベリウス&ウォルトン・ヴァイオリン協奏曲」が総合記事ランキング18位になりました!

2025-04-08 0
記事「個性は普段着から*イダ・ヘンデル、ベルグルンド、ボーンマス響 シベリウス&ウォルトン・ヴァイオリン協奏曲」が総合記事ランキング18位になりました!
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記事「名曲新百選◉歌のヒットで柳並木が復活 東京行進曲〜佐藤千夜子・朝ドラにもなった流行歌手第1号の金字塔、昭和の歌謡曲第1号」が総合記事ランキング28位になりました!
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記事「【500円均一】細菌、飛沫ウイルスなど空気中の微細物質を防ぐ ― 抗菌や防塵に効果的な三層構造の不織布サージカルマスク」が総合記事ランキング29位になりました!
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歴史的解釈と現代的解釈を見事に融合 ムーティ ブルスカンティーニ フレーニ ドニゼッティ 歌劇「ドン・パスクワーレ」

歴史的解釈と現代的解釈を見事に融合 ムーティ ブルスカンティーニ フレーニ ドニゼッティ 歌劇「ドン・パスクワーレ」 https://amadeusrecord.ti-da.net/e12673077.html 腹抱えて笑えるオペラ。結婚式での大騒動。リズムとダイナミクスの魔術師、ムーティがなせた名盤。

抱腹絶倒のギャグ・オペラが歴史を超えて現代に顕現!

CDはアマゾンで購入できます。

声楽というもののテクニックの世界のひとつの頂点が、
ベルカント・オペラだ。
その中でも抱腹絶倒のギャグ・オペラ
が「ドン・パスクワーレ」。
オペラで腹を抱えて笑いたい人は、
ぜひとも楽しんでほしい!

デジタル録音の恩恵で、
キングズウェイ・ホールの美しい響きが、
空気感までも正確に再現されます。

ドン・パスクアーレの茶番に鋭いウィットと穏やかな感情をもたらした名演。

  ロッシーニ、ベッリーニとドニゼッティの3人は、19世紀前半のイタリアオペラを代表する作曲家としてベルカントオペラの全盛期をリードしました。その中でガエターノ・ドニゼッティ(Gaetano Donizetti/1797年-1848年)は『愛の妙薬』『連隊の娘』『ドンパスクワーレ』などの喜劇的なオペラを書く一方で、『アンナ・ボレーナ』『ルクレツィア・ボルジア』『ランメルモールのルチア』などの悲劇的なオペラも遺しました。  19世紀初頭のオペラ・ブッファ(喜劇的オペラ)は、『セビリアの理髪師』もそうですが、年配の金持ち男が若い娘に手を出し、彼女とその恋人、彼らの恋の成就を助ける知恵者の三人にコテンパにやられるという物語が結構存在します。70歳の資産家が若い娘と結婚しようとして痛い目に会う、ドニゼッティが晩年に作曲した傑作『ドン・パスクワーレ(Don Paspuale)』も同じ系統といえるでしょう。台本はジョヴァンニ・ルッフィーニが急いで書いたものを、ドニゼッティ自身が手を加えて完成したとされています。

抱腹絶倒の結婚大作戦!綺羅星のごとき歌手が繰り広げるオペラ・ブッファ

 ドン・パスクワーレは資産家ですが、頑固な70歳。日頃から、医師のマラテスタは彼を訝しく思っていました。そんな二人の間で若い恋人同士が翻弄させられるドタバタ劇。彼は、甥のエルネストに「遺産を譲るから、縁談を受けてくれ」を勧めています。しかし、エルネストは「恋人(ノリーナ)がいるから縁談は受けられない」と断ります。  甥エルネストとノリーナの結婚をマラテスタがお膳立てしようとしていることを知ったパスクワーレが、一行に一泡ふかさようとして逆に策略にはまり、「エルネストとノリーナの結婚が認められた」ところでハッピーエンドで幕となる、誰かが悪役という立場でもない物語。  主人公と母親との思い出をぶち壊しにするノリーナと、主人公の主治医マラテスタとの関係も何か怪しいし、彼女の恋人でドン・パスクワーレの甥エルネストは「甥っ子は役立たず、ご老人の悩みの種」と合唱で歌われるようにボーっと生きている。そして主人公のドン・パスクワーレが彼らにもまして、70歳なのに子供のまま。過去の思い出にしがみつく、こんな人たち、現実にいるよね。と呟きたくなる。リアルな登場人物たちの『ドン・パスクワーレ』は現代につながる身近な要素も満載で、1843年にパリで初演されて以来、エイジハラスメント的なところが内容から伺われても、ドニゼッティ作曲の美しい音楽と共に、今なお世界中で愛されています。

《仏ニュー・ニッパー盤》FR VSM 1434363 ムーティ ドニゼッティ:歌劇「ドン・パスクワーレ」

FR VSM 1434363 ムーティ ドニゼッティ:歌劇「ドン・パスクワーレ」
 新型コロナウイルス感染拡大防止でウィーン・フィルも演奏会の実行に頭を悩ましていました。バイロイト音楽祭は、2020年の開催を中止すると決定。2021年のウィーンから新年を祝う、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートは、史上初めて、無観客でのコンサートとなりました。指揮台に立ったのはリッカルド・ムーティ。  ウィーンでは、1973年に「アイーダ」を指揮して以来、国立歌劇場の演奏を担当しているウィーン・フィルと良好な関係を維持しています。国立歌劇場総支配人マイヤーも、2008年の「コシ・ファン・トゥッテ」後、疎遠になっているムーティに対して、諸手を挙げて歓迎すると語っています。  長年ウィーン・フィルがホスト役を担っている夏のザルツブルク音楽祭に、カラヤンの招きに応じて、1971年に「ドン・パスクワーレ」でデビューして以来、親密な関係を築いています。  2014年9月にローマ歌劇場の終身名誉指揮者を辞任した後、一説にはイタリア大統領に?などというスケールの大きな噂も流れ、何かと話題を提供しているムーティですが、イタリアでは、自らが創始したルイジ・ケルビーニ・ジョバニーレ管弦楽団での後進の育成に専念し、イタリア歌劇場のいかなるポストにも就かないと断言しました。すでにフィレンツェで12年間、ミラノで19年間、歌劇場で重要なポストに就いていたことを考えると、〝帝王〟とファンが呼び崇めるのも納得がいきます。

オペラで腹を抱えて笑いたい人は、ぜひとも楽しんでほしい。

 声楽というもののテクニックの世界のひとつの頂点が、ベルカント・オペラだ。ベルカント・オペラというのは、音楽がワーグナーなどのようには凝っていないので、キャストが良くないとなんにも面白くないが、その中でも抱腹絶倒のギャグ・オペラが「ドン・パスクワーレ」。  ムーティ自身、私のザルツブルク音楽祭でのオペラデビューは、1971年のドニゼッティ《ドン・パスクワーレ》の成功ででした。と、35年経った2006年に振り返り語っていたほどの自信作だけに、本盤のキャスティングは文句ない。  歴史的解釈と現代的解釈を見事に融合させるために、それぞれに適した歌手らを起用。特にマラテスタ役のバリトン、レオ・ヌッチの美声には当時から魅せられているし、タイトルロールのドン・パスクワーレ役には、1947年にイタリア放送協会主催の声楽コンクールで優勝し、ミラノ・スカラ座をはじめとするイタリア各地の歌劇場に登場し、1951年にはグラインドボーン音楽祭、1952年にはザルツブルク音楽祭に出演して話題を呼んだ大ベテランのバス歌手、セスト・ブルスカンティーニが貫禄を見せている。  1979~1980年のシーズンに合衆国でツアーをしていた直後のインタビューで指揮者はしばしば演出家と衝突します。モーツァルトやヴェルディ、ワーグナーのような作曲家の作品に「内在する」、「音楽にのっとった演出」からあまりに遠くかけ離れているからです。と話していたムーティ。舞台に煩わされないレコードだからムーティも思う存分、彼の音楽美学を発揮。精度、輝きと整合性のために、ドン・パスクアーレの茶番に鋭いウィットと穏やかな感情をもたらした名演です。オペラで腹を抱えて笑いたい人は、ぜひとも楽しんでほしい。
1982年7月ロンドン、キングズウェイ・ホール、ブックレット付属。
自家薬籠中の名作
ムーティがEMIに録音した、一連のイタリア・オペラ名作シリーズ。ミレッラ・フレーニ、セスト・ブルスカンティーニ、レオ・ヌッチと当時最高のイタリア歌手をロンドンに招聘してセッション録音されました。デジタル録音の恩恵で、キングズウェイ・ホールの美しい響きが空気感までも正確に再現されます。

ヴィンテージレコード詳細

プロダクト

Mirella Freni, Sesto Bruscantini, Leo Nucci ∙ Gösta Winbergh, Riccardo Muti ‎– Donizetti, Don Pasquale
レコード番号
1434363
作曲家
ガエターノ・ドニゼッティ
演奏者
ミレッラ・フレーニ セスト・ブルスカンティーニ レオ・ヌッチ イェスタ・ヴィンベルイ
オーケストラ
フィルハーモニア管弦楽団 アンブロジアン・シンガーズ
指揮者
リッカルド・ムーティ
録音種別
STEREO
製盤国
FR(フランス)盤
NEW NIPPER, STEREO DIGITAL 2枚組 (110g/105g)。

レコードのカバー、レーベル写真

  1. FR VSM 1434363 ムーティ ドニゼッティ:歌劇「ドン・パスクワーレ」
  2. FR VSM 1434363 ムーティ ドニゼッティ:歌劇「ドン・パスクワーレ」
  3. FR VSM 1434363 ムーティ ドニゼッティ:歌劇「ドン・パスクワーレ」
NEW NIPPER)は1980年代中ごろからの、主にデジタル録音主体の時代のレーベルは、ステレオ初期の「セミサークル」に似たデザインのものになります。これが、EMIの最後期のレーベルデザインとなります。


2025-04-07

記事「【歴史的音盤】反復を敢行した最初の録音◉メンゲルベルク指揮ニューヨーク・フィル◯ベートーヴェン・交響曲3番《英雄》」が総合記事ランキング33位になりました!

2025-04-07 0
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おてもやんブログのブログ「アナログレコードの魅力✪昭和の名盤レコードコンサートでご体験ください」が総合ブログランキング5位になりました!

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日本の文化ホールの基本を築いた前川國男の手掛けた、東京文化会館落成式の日

4/07 (Mon)
Today's Topics
東京文化会館で、落成式が行われた日(1961年)。設計はフランスでル・コルビュジエに学んだ建築家・前川国男が手掛けた。当時、落成式の演奏会では、N響によるベートーヴェンの序曲《エグモント》や、ピアニスト安川加寿子と東京藝術大学管弦楽部によるモーツァルトの《ピアノ協奏曲第23番》などが披露された。前川は他にも神奈川県立図書館・音楽堂、京都会館、東京都美術館などを設計したことでも知られる。

現在のお笑い文化の基礎を完成させたのが、ザ・ドリフターズ。8時だよ全員集合の後番組放送された「加トちゃんケンちゃん」。フジテレビが裏番組として土曜日の夜8時にぶつけてきた、「オレたちひょうきん族」に負けないぞ、とロケで撮影を行ったりと「8時だよ全員集合」の2倍の制作費をかけたこともあったくらい。当時ヒットした特撮、刑事ドラマのカーアクションを取り込み、お色気もフレッシュに活かしていた。現在のような露骨さも、リアルさも回避していて心地良い記憶になっている。

2025-04-06

カメレオン作曲家ストラヴィンスキーの変容と名盤 クラシックレコードソムリエ検定:時代の順に並べ替えてください。

2025-04-06 0
4/06 (Sun)
Today's Topics
ロシアの作曲家ストラヴィンスキーが没した日(1971年)。ロシアで作曲を学ぶも2度の世界大戦の影響もあり、スイス、フランス、最後はアメリカと渡り歩きながら生涯作曲を極めた。作風もその時々によって変幻自在に変化し、《春の祭典》やバレエ《火の鳥》に代表される初期、次いで古典派への回帰、晩年は12音技法へも興味を示すようになっていった。







リハーサル盤付き*カラヤン美学の徹底した カラヤン指揮ベルリン・フィル モーツァルト・後期6大交響曲集

カラヤンのモーツァルト演奏のスタイルは変化することはなかった。

 カラヤンとベルリン・フィルのモーツァルトで、《ハフナー》、《リンツ》、《プラハ》、39番、40番と《ジュピター》は二種類あるが、引き締まったモーツァルトを聞きたいか、ゴージャスで華やかなサウンドを楽しみたいか。好みで選んで聞くのが良いが、名手の揃ったベルリン・フィルの木管楽器を楽しむにはEMI盤が勝る。優美に磨かれた、華麗なモーツァルト。カラヤン美学の徹底した演奏です。スケールの大きな中にも美しさがちりばめられ、この上なく心地の良い響き。ベルリン・フィルとカラヤンの見事なコラボレーションが生み出した、不朽不滅のモーツァルト後期交響曲集をここに聴くことができます。  録音場所はイエス・キリスト教会で、1970年9月に行なわれた。この時期、カラヤンとベルリン・フィルのコンビはEMIと、ドイツ・グラモフォンで旺盛に録音を行った。よく知られているように、ダーレム地区の騒音問題などもあって、カラヤンのベルリンでの録音拠点は、1973年からベルリン・フィルハーモニーに移りますが、このモーツァルト後期交響曲集と、ブルックナーの第4番&第7番、チャイコフスキーの後期交響曲集に関しては非常に短い期間で録音場所を違えて再録音をおこなっているのです。  1970年当時のカラヤンは、イエス・キリスト教会の豊かな響きを存分に生かした分厚く豊麗なサウンドを志向していましたが、5年後の録音場所は、ベルリン・フィルハーモニーに移って精悍なモーツァルトを聞かせている。単なる再録音ということになりますので、5年という短い期間にカラヤンの嗜好が変化したことを十分に窺わせます。こちらが一般的にはカラヤンのモーツァルトだろう。

通販レコードのご案内リハーサル盤付き4枚組初版です。

《英モノクロ切手盤、初発》GB EMI SLS809 カラヤン モーツァルト・後期6大交響曲集
 カラヤン&ベルリン・フィルによるモーツァルト:後期6大交響曲集。同コンビで1975~1977年にはDGGからもリリースされたときは驚きをもって迎えられたとのことですが、EMI盤がダーレムのイエス・キリスト教会での録音、DGG盤がフィルハーモニーザールでの録音ということで、サウンドの傾向には大きな違いが見られます。  本盤はイエス・キリスト教会の豊かな響きを存分に生かした分厚く豊麗な仕上がりとなっています。4枚組ですが、4枚目は(第39番、40番、41番の)リハーサルが収録されており、カラヤンがどのように音楽を作っていったのかが、よくわかります。カラヤン&ベルリン・フィルの録音は星の数くらい沢山あるが、ベルリン・フィルの実力を最高に引き出しているという点では当盤も最右翼でしょう。ベルリン・フィル伝統のアンサンブルは健在で他に得られない圧倒的なものです。
1970年9月ベルリン、イエス・キリスト教会での録音、リーフレット付属。

通販レコード詳細・コンディション、価格

Wolfgang Amadeus Mozart, Herbert von Karajan, Berliner Philharmoniker ‎– The Last Six Symphonies

プロダクト

レコード番号
SLS809
作曲家
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
オーケストラ
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮者
ヘルベルト・フォン・カラヤン
録音種別
STEREO
WHITE & BLACK STAMP DOG, STEREO 4枚組(110g/130g/130g/130g), Release 1971, Stamper 2G/2G 1G/1G 2G/2G 1G/3。

販売レコードのカバー、レーベル写真

コンディション

ジャケット状態
EX
レコード状態
EX++
製盤国
GB(イギリス)盤
《モノクロ切手 白枠》セミサークルレーベルのニッパー君の部分が四角い縁取りで囲まれ、ちょうど切手(スタンプ)のように見えるためです。このスタンプ・ニッパー・ラベル(ER3)は、郵便切手が白黒(モノクロ)になります。番号で見ると、ASD2470 あたりから 2750 あたり まではカラー・ニッパーがオリジナルでこれ以降は、モノクロのニッパーが初版ということになるらしい。この、ASD シリーズの半円ニッパーとスタンプ(カラー、モノクロ両方とも)ニッパーの LP は盤自体のクオリティがとても高く、ばらつきも少なく優秀なプレス技術といえます。

通販レコード

詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。
オーダーは 品番 / 25163
販売価格 8,800円(税込)
「クレジットカード決済」「銀行振込」「代金引換」に対応しております。

  • Record 1
    1. 交響曲 第35番 ニ長調 K.385「ハフナー」
    2. 交響曲 第36番 ハ長調 K.425「リンツ」
  • Record 2
    1. 交響曲 第38番 ニ長調 K.504「プラハ」
    2. 交響曲 第39番 変ホ長調 K.543
  • Record 3
    1. 交響曲 第40番 ト短調 K.550
    2. 交響曲 第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」
  • Mozart Symphonies Rehearsal Record
    1. 交響曲 第40番 ト短調 K.550 第1楽章:モルト・アレグロ
    2. 交響曲 第39番 変ホ長調 K.543 第1楽章:アダージョ〜アレグロ
    3. 交響曲 第39番 変ホ長調 K.543 第2楽章:アンダンテ・コン・モート
    4. 交響曲 第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」 第2楽章:アンダンテ・カンタービレ
    5. 交響曲 第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」 第4楽章:フィナーレ(モルト・アレグロ)
 オーケストラの響きやレコードの音色に関しては、曲にもよりますがEMIの録音による「多少の差異」はあるものの、おおむね統一された音質でベルリン・フィルの素晴らしく美しい響きを捉えている。  カラヤンは、戦前にポリドールに全部で23曲のSP録音を残している。その初期から共演オーケストラは戦後のフィルハーモニア管弦楽団、一時監督をしていたスカラ座やパリ管弦楽団を除けば、ベルリン・フィルとウィーン・フィルの2大オーケストラだけだ。  やがて日本でクラシックのレコードが歌謡曲並みに売れたリヒテル、オイストラフ、ロストロポーヴィチを起用しての三重協奏曲を第1弾に、EMIのドイツ支部であるドイツ・エレクトローラにも復帰する。1960年代末からのEMIでのカラヤンの録音は、以後ずっとミシェル・グロッツがプロデューサーをつとめている。EMIへの最後の録音は1984年のウィーン・フィル&ムターとの「四季」でカラヤンはチェンバロも弾いて有終の美を飾った。  そして件のドイツ・エレクトローラは、アナログ末期の70年代に4チャンネル録音を試みている。カラヤンとは1970年の9月にモーツァルト後期交響曲集を普通のステレオで録音した直後、ブルックナーの第4、第7番の2曲の交響曲から4チャンネル録音を開始しする。

カラヤンとベルリン・フィルの音の美しさの秘密

 私はかねがねキース・ジャレットなどジャズ畑のピアニストのピアノの音の方が、クラシックのピアニストのピアノの音よりも美しいのではと感じられる瞬間が多々ありました。カラヤンのレコードが歌謡曲並みに日本で売れていた1970年代は、ちょっと気の利いた喫茶店に立ち寄るとパーシー・フェイス楽団や、カラベリ・グランド・オーケストラ、レーモン・ルフェーブル、ポール・モーリア、フランク・プゥルセルのレコードが必ず聴こえてきた。昔はムードミュージックと呼ばれてBGMによく使われていましたが、今ではイージーリスニングという名称の方が普通でしょうか。多分に人工的なサウンドなのですが、スムースなストリングスはいつ聴いても心地良く聴こえる。  クラシックではなくポップスのジャンルに属するオーケストラですが、これらアメリカ、フランス系指揮者のオーケストラを先導したイタリア人指揮者、アンヌンツィオ・パオロ・マントヴァーニのマントヴァーニ楽団の存在は大きい。父親はヴァイオリニスト。イタリアのヴェネツィア生まれですが4歳の時に家族揃ってロンドンに移住する。彼のプロ・ミュージシャンとしてのスタートは、ロンドンのメトロ・ポール・ホテルの小編成のサロン・オーケストラを率いてである。1940年にイギリスのレコード会社デッカと契約し亡くなるまでの40年間に述べ767曲も録音し、『シャルメーヌ』『グリーンスリーヴス』『ムーランルージュのテーマ』『80日間世界一周』等の大ヒット曲を飛ばし、ストリングスを上手く駆使したイージーリスニングの第一人者の一人として君臨した。  マントヴァーニ47歳、英デッカが初のステレオ実験録音を行った1953年11月4日から貢献した。カスケードサウンドとも呼ばれ一世を風靡したマントヴァーニ楽団のストリングスの特徴は、滝が流れるような(= cascading)綺羅びやかな効果を得る編曲法で演奏されていることである。このサウンドはヴァイオリン・セクションを4パート程度に分けメロディの一部分をそれぞれのヴァイオリン・パートが代わる代わる演奏する。つまり、完全な主旋律を演奏しているヴァイオリン・パートは 1 つもない、この編曲法は電気的エフェクトを一切使わずに、生演奏だけでヴァイオリン・セクションにリバーブがかかったような効果を得る。エフェクターを使っていないので、生演奏でも同様に聞こえる。そのカスケードサウンドが英デッカのステレオ録音技術と相まって、マントヴァーニのLPは1960~70年代当時ハイファイ録音の代表として定評がありました。  主旋律の断片を担当していないときは休んでいるのではなく別の音符を演奏しているマントヴァーニの編曲法は、クラシック音楽の管弦楽法に長けた作曲家もオーケストラの厚みが増すし、最大の効果を得られるので行うことです。マントヴァーニとカラヤンは、ほとんど同世代で、オーケストラコントロールが巧みでフレーズの推移がスムーズなことで際立っていた指揮者がフルトヴェングラーだった。しかもカラヤンの音楽表現のひとつかもしれませんが、ベルリン・フィルの弦楽器セクションそのものが「音価値」(音価)を非常に適切、大事にする傾向があるのでシルクのようなタッチになり、そこへきてカラヤンのレガートに応えるためには尚の事レガート間の音が途切れません。ゆえに気を抜いたところが無い、美しさの秘密のひとつです。

2025-04-03

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2025-03-31

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2025-03-31 0
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名曲名盤縁起 降る雨に濡れる若者のメランコリーを描いた名作 ドビュッシー〜歌曲《巷に雨の降るごとく》

フランスの詩人ヴェルレーヌ誕生 ― 1844年3月30日

フランスの詩人、ヴェルレーヌが生まれた日(1844年)。ボードレールからの流れを汲みながら発展したフランス詩の中でも象徴派に分類され、ランボー、マラルメらと共に19世紀末の文壇を牽引した一人である。ヴェルレーヌの詩にはフォーレ、ドビュッシー、ラヴェルらが曲をつけている。
 名歌曲が生まれる源泉は、作曲家の創作意欲をかきたてる優れた詩にある。19世紀以降、ドイツにもシューベルトなどに名歌を書かせたゲーテなどの詩人たちがいたが、フランスはまさに大詩人の宝庫であった。今日が誕生日のポール・マリー・ヴェルレーヌ(1844〜1896)も歌曲に創作に貢献した一人だ。彼の詩をもとにフォーレ、ラヴェルがかなりの歌を書いたが、ドビュッシー作品が最も知られている。  フランス語歌曲集の代表作にも挙げられる《忘れられた小唄》(1888年完成)は、ヴェルレーヌの詩集『言葉なき恋歌』のなかの詩による6つの歌曲で、《牧神の午後への前奏曲》で印象主義音楽の確立を高らかに告げたドビュッシー初期の代表作の一つ。その第2曲「巷に雨の降るごとく」は、堀口大學の名訳で日本人にも愛された名作だ。ピアノによるしとしとと降る雨の描写を背景に、若者のメランコリーがうたわれる。
巷に雨の降るごとく われの心に涙ふる。 かくも心ににじみ入る この悲しみは何やらん? やるせなき心のために おお、雨の歌よ! やさしき雨の響きは 地上にも屋上にも! 消えも入りなん心の奥に ゆえなきに雨は涙す。 何事ぞ! 裏切りもなきにあらずや? この喪そのゆえの知られず。 ゆえしれぬかなしみぞ げにこよなくも堪えがたし。 恋もなく恨みもなきに わが心かくもかなし。

通販レコードのご案内数多くあるドビュッシー歌曲の大半は、二人の詩人ボードレールとヴェルレーヌの詩に作曲されている。

 多くの音楽家たちがヴェルレーヌの素晴らしい詩に魅了されてきた。《忘れられた小唄》は、ローマ滞在中の1886年から88年にかけて書かれた、ドビュッシー初期の代表的な歌曲集。ヴェルレーヌの詩集『言葉のないロマンス』から6編がとられている。いずれも言葉な繊細なニュアンスの音楽化を試みて、見事な効果をあげている。ヴェルレーヌの微妙・繊細な言葉に音楽を付すという作業を通して、ドビュッシーは言葉と音楽との関係を究めていった。
フォーレの歌の澄んだ優雅さが、モーツァルトの最も美しいアリアを思い起こさせるとするなら、その叙情性はシューマンのリートに匹敵するだろう。
 こう表現したのはフランスの作曲家、モーリス・ラヴェル(1875ー1937年)です。パリ国立高等音楽院時代の師であったこともあり、ラヴェルはフォーレ(1845ー1925年)の歌曲を高く評価していました。  おそらく日本ではドイツ音楽=クラシック音楽、というくらいドイツ・オーストリア系の音楽家の存在が大きいのだと思います。ドイツ系の音楽については、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンなど、さほど音楽に馴染みのない人でも名前くらい知っています。ブラームス、シューマン、ワーグナーあたりの音楽家も、それなりに知られているでしょう。ではグノー、サン=サーンス、ドビュッシー、あるいはラヴェルやサティはどうなのか。フランス近代音楽の巨匠たちです。フランス音楽というのは、どのような受けとめ方をされているのでしょうか。  ラヴェルから見たフォーレに対する世の中の評価は「このフランスの偉大な作曲家に対して、およそ釣り合っていない」という思いがあったようです。中でも歌曲に対するラヴェルの評価は高く、以下のように書いています。
フォーレの歌曲を研究することなしに、この作曲家の真価を理解することは不可能である。彼の歌曲は、ドイツのリートが支配していたヨーロッパの歌曲に、フランス音楽の価値を示すものだった。
 フランス音楽はドイツ・オーストリア音楽と比べると、どこか柔らかでちょっと気まぐれ、そして軽やかな印象があるように思います。またエスプリや品のいい官能も感じられます。そんなフランス音楽の中でも歌曲は、ドイツのリートやイタリア歌曲とともに、魅力あふれる聴く楽しみの多いジャンルかもしれません。
  • レジーヌ・クレスパ フランス歌曲集 VSM EL290446 1
  • フランス歌曲の歴史を変えた、永遠の名曲。レジーヌ・クレスパン(1927-2007)の名唱が遺されたのは本当に幸せだ。《月の光》はフォーレを代表する歌曲の一つで、ドビュッシーの〈月の光〉と同じくヴェルレーヌの詩に着想を得た作品。前奏からピアノ小品とも呼べる魅惑的で豊かな情感に満ちている。
  • エディタ・グルベローヴァ モーツァルト/ドビュッシー/ヴォルフ CBS IM42002
  • 圧倒的な美声と驚異的な技巧を兼備したソプラノ、エディタ・グルベローヴァ。張りのあるグルベローヴァの歌う、アクロバティックな歌唱は聴きものだ。ブラチスラヴァに生まれ、22歳で地元の歌劇場にロッシーニ《セヴィリアの理髪師》ロジーナ役でデビュー。2年後の1970年にウィーン国立歌劇場と契約し《魔笛》の夜の女王役に抜擢、1973年にはグラインドボーン音楽祭においても同役で好評を博しました。1980年には初来日し、リヒャルト・シュトラウスの《ナクソス島のアリアドネ》ツェルビネッタ役での超絶的な歌唱で瞬く間に人気を獲得、以降、21世紀に至るまで来日を重ね、円熟の歌声を披露しています。

Debussy Edition
Deutsche Grammophon
2012-04-26


Cloude Achille Debussy

伝統から外れた音階と半音階の用い方から19世紀後半から20世紀初頭にかけてジャズ、ミニマル・ミュージック、ポップスに至るまで幅広い音楽ジャンルに最も影響力を持った作曲家

(1862.8.22 〜 1918.3.25、フランス)

Cloude Achille Debussy フランス印象主義音楽の巨匠。13歳でパリ音楽院に入学、22歳でローマ大賞を得てローマに留学した。ロシア音楽の特にムソルグスキーから大きな影響を受けた。彼は音楽家としてたぐいまれな「耳」に恵まれていたが、後期ロマン派の伝統的な和声にあきたらず、模索を重ねていくうちに全音音階に基づく彼独特の和声体系を生み出し、親交のあった詩人マラルメらの印象主義の思想から啓示を受けた、“音楽の印象主義”というべき手法をうちたてた。1892年に作曲した交響詩の「牧神の午後への前奏曲」は印象主義の作風の最初の作品であると同時に、その特色のよくあらわれた作品として知られている。そのほかの主要作品には「ベルガマスク組曲」、「前奏曲」、「映像」、「版画」、「夜想曲」、「海」、「イベリア」、歌劇「ペレアスとメリザンド」などがある。

ロシア貴族趣味を継承して滲んだ音色を嫌った

 ドビュッシーは1862年にフランスで生まれ、5歳のときパリへ移った。母親は子供を愛さず、自分の生活を重視する性格だったため、伯母の元ですごし、そのとき初めてピアノのレッスンを受けた。パリ音楽院在学中から様々な人の伴奏者、ピアノの家庭教師をして生活費を稼いだが、特にチャイコフスキーのパトロンとして有名なフォン・メック夫人に1880年から仕え、様々な国をまわった。  また、この頃からムソルグスキーの自由さ、繊細に内面を語る楽曲に尊敬と愛着を持ち始めた。また、ローマ大賞の副賞である、イタリアのヴィラ・メディチへの留学生活にはあまり気が乗らず、2年間で切り上げた。  その後ワーグナーに傾倒するが、すぐに反対の立場になった。しかし、多くの資料は、彼の反対はポーズであったとしている。ドビュッシーの女性関係は、まず1881年アマチュア歌手であるヴァニエ夫人への愛から20曲以上献呈した。その中には「亜麻色の髪の乙女」も入っている。  次に1888年、ガブリエルデュポン(ギャビー・レリー)と同棲をはじめたが、10年以上の同棲のあとに彼女を捨て、リリー・テクシェと結婚した。このとき多くの友人は批判したが、彼は自らの幸せのため、友人、恋人に冷酷にすることもいとわなかった。しかし、リリーとの結婚生活は6年しか続かなかった。  彼は自身の生徒の母親のエンマ・バルダック夫人と恋に落ち、駆け落ちをして彼女との間に娘を1人もうけた。彼女はクロード・エマという名で、愛称をシュウシュウ(キャベツという意味)という。彼女の前でアルフレッド・コルトーはドビュッシーのピアノ曲を弾き、「おとうさんはもっとよく音を聞いていた」と言われたという。

略歴

1862年
フランスで生まれる
1871年
ピアノを学び始める
1872年
パリ音楽院に入学
1875年
初めて演奏会に出演
1884年
ローマ大賞受賞
1885年
ローマ大賞の副賞である、ヴィラ・メディチへ留学
1888年
デュポンど同棲を始める
1899年
リリー・テクシュと結婚
1905年
リリーと離婚、エマと同棲する
1915年
母死去
1918年
死去

20代〜40代女性に贈るウィンターソング ミレニアムの歌姫たちプレイリスト

Winter Songs for 20 ages to 40 ages from Millenium Divas

Winter Songs for 20 ages to 40 ages from Millenium Divas

寒風吹き荒れるチャイコフスキー 名匠バーンスタイン生涯唯一のチャイコフスキー全集

バーンスタイン生涯唯一のチャイコフスキー全集

同時期のマーラー全集と並び、ニューヨーク・フィル時代のバーンスタインの熱さを刻み込んだのが、このチャイコフスキーの交響曲全集です。

バーンスタインは米CBSでチャイコフスキー全集を完成しているが、「第4番」だけはそれに先駆けた別録音が存在した。

バーンスタインは米CBSでチャイコフスキー全集を完成しているが、CDでセットに選ばれているのは再録音の方ですが、「第4番」だけはそれに先駆けた別録音が存在した。 本盤は1969年発売のLP3枚組のセット(Columbia Masterworks D3S 781)。いかにもバーンスタインらしいエモーショナルさが随所に確認できる演奏で、全体的にゆったりしたテンポを基調としながらも、ノッてくるとテンポを自在に動かす「らしさ」は予想通り。それは第1楽章と第4楽章に顕著に表れる。ディミトリ・ミトロプーロスと首席指揮者の座を分け合った後に音楽監督としてオーケストラの全責任を担う事となった記念すべき時期の記録 録音は、1958年9月の交響曲第4番を皮切りに、1960年の第5番、1964年に第6番『悲愴』が。時をおいて、1970年に初期3曲が録音され、更に下って1975年の第4番の再録音で全曲録音が完成しています。 いずれもこの時期のバーンスタインらしい、作曲家としての複眼的視点で緻密にアナリーゼされた解釈をもとに、音楽の喜びを全身全霊で伝えようとする情熱に満ちています。金管や木管パートに名手をそろえた当時のニューヨーク・フィルハーモニックのパワフルなサウンドも格別で、それをアメリカ・コロムビア・レコードが誇る「360サウンド」が見事にとらえています。 特に1964年録音の『悲愴』では、アダージョで終わるこの特異な交響曲のフォルムを明快に表出しつつ、熱い情感があふれ出てくるのは、ニューヨーク・フィルと一心同体となったこの時期のバーンスタインならでは。作品の魅力をストレートに味わえます。

耳にいい日 - ショルティのハイドン/交響曲第96番「奇蹟」、第101番「時計」 仏DECCA 591224 STEREO デジタル

3/31 (Mon)
Today's Topics
ハイドンが生まれた日(1732年)。モーツァルトより約30歳年上にあたるハイドンは、交響曲、弦楽四重奏、ピアノ、宗教曲など生涯で様々なジャンルの作品を作った。中でも交響曲は100曲を超え、音楽史を見渡してもここまでたくさんの交響曲を残した人は少ない。奇しくも今日は「耳(33)にいい(1)日」という語呂合わせから「オーケストラの日」でもある。

ショルティのハイドン/交響曲第96番「奇蹟」、第101番「時計」 仏DECCA 591224 STEREO デジタル



ハイドン/交響曲第96番「奇蹟」、第101番「時計」

ゲオルグ・ショルティ(指揮)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

プレス国 フランス

販売サイト
https://www.lpshop-b-platte.com/SHOP/3711122.html

2025-03-30

記事「現代音楽の孤島 自分のスタイルをチューニングした彼の全盛期の作品は、未だに創造の神秘的な魅力に包まれている。」が総合記事ランキング40位になりました!

2025-03-30 0
記事「現代音楽の孤島 自分のスタイルをチューニングした彼の全盛期の作品は、未だに創造の神秘的な魅力に包まれている。」が総合記事ランキング40位になりました!
http://amadeusclassics.otemo-yan.net/e1195078.html

現代音楽の孤島 自分のスタイルをチューニングした彼の全盛期の作品は、未だに創造の神秘的な魅力に包まれている。

意図が明確な作曲家の指揮により、曲の全貌・本質が理解できる一枚。


3月29日

ポーランドの作曲家、ペンデレツキが没した日(2000年3月29日)。ペンデレツキといえば、映画で音楽が使用されることも多く、とりわけキューブリックが監督を務めた『シャイニング』がよく知られている。その他、広島の原爆投下、同時多発テロなど歴史上の悲惨な事件をテーマとした音楽も残している。
現代音楽は可哀想である。クラシック・ファンを自認する人にさえ、聴かれもせずに「わけの分からない音楽」と、放ったらかしにされる。しかし、日本のオーケストラのコンサートによく行かれる方には、お馴染みの現代音楽家としての指揮者・作曲家があるはず。
    今日時点では、映画『ジョーズ』の音楽技法で注目され、『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』、『インディー・ジョーンズ』と言ったファンタジー、アドヴェンチャーから、シリアスな『シンドラーのリスト』の作曲家としてアカデミー賞を受賞しているジョン・ウィリアムズだろう。
    第二次大戦後に西側現代前衛音楽をいち早く取り入れ、独自の理論や表現を持つ作曲家が現れた。このペンデレツキとルトスワフスキィは高名である。ペンデレツキは次第にその作風が前衛的なものから調性へと移り、新ロマン主義作家を代表する現代作家となった。

Krzysztof Eugeniusz Penderecki

前衛的な響きを追求しつつも、唯一無二の作風を確立させたペンデレツキ。

(1933.11.23〜2020.3.29、ポーランド)

ポーランドを代表する前衛音楽作曲家、指揮者のクシシュトフ・ペンデレツキはクラクフ生まれのカトリック教徒。彼は若い頃からすぐに名声を手にします。そしてそれは1956年のスターリン主義崩壊によって文化的な検閲から解放され、芸術家が自由を謳歌した時代背景にも助けられました。
彼の最初期の作風は「十二音技法」から始まり、その後〝すべての伝統からサウンドを解放する〟ために編み出した「音の塊(ト―ン・クラスター)技法」を試み、その代表作が1959年~60年に作曲された「アナクラシス(Anaklasis)」や「広島の犠牲者の追悼のための哀歌」であった。まだ20歳代半ばで作られた、彼の代表作となりました。
1965年、創作の頂点とされる《ルカ受難曲》を書き上げた。16世紀のポリフォニー音楽に遡るスターバト・マーテルなども含まれるこの受難曲には、実験的なテクスチャーと、バロック的な形式、さらには伝統的な和声と旋律を使用するなどし、全体的なバランスが取られています。
楽器の演奏法の開拓や、珍しい楽器の使用など、チャレンジ精神旺盛で、1971年には、フリージャズで知られるトランペット奏者のドン・チェリーと、「The New Eternal Rhythm Orchestra」を組み録音を残しています。
響きとしては、最前衛にいる伝統の破壊者として知られますが、同時に古典的な形式を守るタイプの作曲家でもあります。例えば、《広島の犠牲者に捧げる哀歌》《ポリモルフィア》は共にABA’の古典形式があり、後者に至っては本来の前衛作曲家ならばもっとも嫌うはずの、典型的なハ長調の和音(ドミソのこと)が最後に使用されています。
過去の自分のスタイルを踏襲をすることに興味はなく、1970年代半ばになると、「自分は伝統への回帰によって、形式主義の前衛的な罠から救われたのだ」と結論づけ、いわゆる現代音楽とはほど遠い、ベルリオーズさえ感じさせる、ロマン主義的な方向性へ傾倒した。
2020年3月29日、長い闘病生活の末、自宅のあるポーランド南部クラクフにて死去。当時の最前衛を突破した作品群は、誰も到達し得なかった特異点であり、その演奏はいつも強烈な力を孕んでいます。

ANNE SOPHIE MUTTER (LIVE), Violin Concerto No. 2: Metamorphosen, Krzysztof Penderecki


Hommage a Penderecki
Mutter, Anne-Sophie
Deutsche Grammophon
2018-08-09

名盤CD現代作曲界の重鎮、ペンデレツキ85歳を祝うアルバム(11月23日が誕生日)。現代最高のヴァイオリニストとして、新たなレパートリーの開拓にも情熱を燃やすアンネ=ゾフィー・ムターはペンデレツキと非常に親しく、多くの作品を委嘱・初演しています。《ラ・フォリア》、協奏的二重奏、ヴァイオリン・ソナタ第2番はムターの委嘱により作曲され、ここに収録されている全ての作品がムターに捧げられています。曲は新ロマン主義に傾倒してからのペンデレツキらしく、和音が分かりやすく、聴きやすい。ペンデレツキの曲のなかでも代表作の一つと言っていいだろう。ペンデレツキお得意の弦の震えるトゥルルン、トゥルルン、トゥルルンというフレーズもでてくる。ムターのレパートリーの幅広いことと云ったら驚愕に値する。バッハのようなバロック音楽から現代音楽のペンデレツキまで弾き熟す数少ない名手の一人であろう。演奏は一分の隙もなく完璧。相当の難曲だが、あたかも何百回、何千回も弾いているかのような完璧さ。初録音にして決定盤だろう。ムターのために送られた曲とはいえ、ムターの色香と言って良さそうな表現力が勝り、現代曲とは思えない。

ポーランドの音楽評論家アンドレイ・クロペキは、前衛時代の創造性について、「現代音楽の孤島」のようだと称しました。ペンデレツキはそれに対し、「自分のスタイルをチューニングしたのだ」と答えました。

ヴィンテージレコードの紹介ペンデレツキは1976年の初来日以来たびたび訪日、日本のオーケストラに客演し自作の作品を披露した。今セットは本人自身が指揮しており、創作意欲満々で楽譜の隅々まで透視しているのがわかります。尚、「カプリッチョ」にはポーランドの現代音楽を得意とした名女流ヴァイオリニスト「ワンダ・ウィウコミルスカ」が参加している。


    曲目/「フォノグラミ」(1973年)/チェロ協奏曲(1972年)/「ダ・ナトューラ・ソノリス第2番」/「カノン」(1962年)/「カプリッチョ」(1972年)/「エマナツィオーネン」/「パルティータ」
    演奏者/ジークフリート・パルム(チェロ)/ワンダ・ウィウコミルスカ(ヴァイオリン)/フェリシア・ブルメンタール(チェンバロ)/クシシュトフ・ペンデレツキ(指揮)/ポーランド放送交響楽団

ソリストワンダ・ウィウコミルスカ(Wanda Wilkomirska)。ポーランドを代表する女流ヴァイオリニスト。1929年1月11日生まれ。2018年5月1日没。

1946年のジュネーブ、1949年のブダペストで開催された音楽コンクールで入賞。1950年にライプツィヒで開催されたヨハン・セバスティアン・バッハ国際音楽コンクールで第2位を受賞。1952年のヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクールでカロル・シマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番を演奏してユリアン・シトコヴェツキーとともに第2位を受賞(第1位はイーゴリ・オイストラフ)。ポーランドの音楽を世界に広めたことに対する多大な貢献が評価され、ポーランド国家勲章を授与されている。クラシックから20世紀の音楽まで幅広いレパートリーをカバー。ポーランドの作曲家タデウシュ・バイルト、クシシュトフ・ペンデレツキの作品の初演を行ったことでも知られる。
ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の首席ソリストを以後22年間に渡って務める傍ら、世界中で演奏活動を行った。1960年代から70年代にかけて1年には100回以上もコンサートを行っている。オーストラリアでは、1969年に37回ものコンサートを行い、高い評価を受け、1973年には新築されたシドニーのオペラハウスで、ソロリサイタルを行った最初のヴァイオリニストとなった。
兄でチェリストのカジミエージュ・ヴィウコミルスキ、姉でピアニストのマリア・ジュ・ヴィウコミルスカとピアノ三重奏団「ウィコミルスカ・トリオ」を結成して活動。モスクワ、東京、ロンドン、ドイツのミュンヘン、オーストリアのウィーン、グラーツ、イタリアのゴリツィア、ポーランドのポズナン、クラクフ、ウッチ、ルブリンなどで開催された多くの音楽コンクールで審査員を務めた。クリスティアン・ツィマーマン、ダニエル・バレンボイム、ギドン・クレーメル、マルタ・アルゲリッチ、キム・カシュカシャン、ミッシャ・マイスキーなど一流のアーティストと数多く共演している。

ソリストジークフリート・パルム(Siegfried Palm)はドイツのチェリスト。1927年4月3日生まれ。2005年6月6日没。

18歳でリューベック市立管弦楽団の首席チェロ奏者に就任し、その2年後の1947年からは北ドイツ放送交響楽団の首席チェロ奏者を務め、1962年までの15年間在籍した。その間、1951年から1962年にかけて、ベルンハルト・ハマンが主催するハマン弦楽四重奏団のメンバーとして現代音楽を演奏した。  ダルムシュタット現代音楽祭の講師を務めるなど、パルムは現代音楽を積極的に演奏しており、パルムが師事したエンリコ・マイナルディは「最もむずかしい現代作曲家のチェロの作品を弾くためのテクニックを私から学んだと言っているが、これは、彼自身が新しい可能性を開拓していったもので、そこに彼が到達したことは驚嘆に値する」と述べている。彼は、数多くのレコード録音により、1969年に「ドイツ・レコード賞」を、1972年に「国際レコード大賞」を受賞した。ただし、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団でチェロ奏者を務めたユリウス・ベッキは、パルムの言葉として「古典とロマン派のチェロの作品の演奏こそ本来の使命であり、新しいチェロ作品の演奏は道楽である」「チェロの演奏を新しい作品によって習得しうるなどと考える人々は、およそ原点に立ち返り学ばなくてはならない。そうでないすべてのやり方は混乱を招くだけだ。ロンベルクなしにはペンデレツキは存在しない」と記している。また、パルムの協奏曲のレパートリー42曲のうち29曲が現代曲であったと指摘しており、「ジークフリート・パルムは、新しい、前衛的な作品に取り組む勇気、実験的作品に対する悦び、息をのむばかりのテクニックをもって、常に新しい音の世界へ突き進んでいる」と評している。
1976年からは、オペラ演出も手がけ、ベルリン・ドイツ・オペラでヒンデミットの《カルディヤック》やオッフェンバック作品などのプロダクションを手がけ、1980年ごろまで演出家としての活動に力を入れていた。

記事「DECCA黄金期を代表する名盤◉アルフレッド・ボスコフスキー、ウィーン八重奏団員◯ブラームス・クラリネット五重奏曲」が総合記事ランキング26位になりました!

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